「ごしゅメモ」

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ごしゅメモ

思わず訪れたくなる長野・全国の御朱印メモ

【二人の信繁に会える寺】典厩寺の御朱印/長野県長野市

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二人の信繁に会える寺 典厩寺

典厩寺は、川中島古戦場で有名な長野県長野市川中島にあります。川中島典厩寺記念館も併設されており、川中島合戦の貴重な資料や武田信玄の弟・信繁の兜などが展示されています。典厩寺では川中島の合戦で討ち死した武田信繁の菩提も弔っています。信繁はこの寺(当時は典厩寺ではなく鶴巣寺)を「典厩本陣」として出陣しましたが、37歳で戦死しました。

「典厩」とは武田信玄の弟が「武田典厩信繁」であったことから由来しており、名付けたのは当時松代藩主であった真田信繁の兄・真田信幸(信之)です。かつて武田の重臣であったことや、弟である真田信繁と同じ名前の武田信繁と深い縁を感じたことでしょう。

武田家と真田家ゆかりの地、歴史好きにはたまらないスポットですね!典厩寺の拝観料は大人200円です。無人なことが多いので、受付のお皿にお金を入れてから拝観しましょう。

 

 

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典厩寺でいただいたパンフレットです。武田信玄を守って討ち死にした武田信繁は、弟として、武将として大変理想的な存在でした。真田幸村(信繁)の父・真田昌幸はそんな理想的な弟になってほしいという思いで、次男に「信繁」という名前をつけたのでしょう。

この「典厩寺」には武田典厩信繁の墓の他に、真田信繁の供養塔があります。「二人の信繁に会える寺」の由縁です。

 

日本最大の閻魔大王がお出迎え

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山門を入ってすぐ左手に見える閻魔大王像は、川中島合戦で亡くなった8,000人以上の方を供養するために建立されました。約6メートルにもなるそのお姿は、見る者を圧巻させる迫力があります。そういえば長野市松代にある「真田宝物館」の壁にも、この閻魔堂の天井絵である三十三身観音菩薩が描かれていました。

 

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本堂

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本堂の正面右側には武田の旌旗「風林火山」、左側には上杉の大牙旗「毘」と大纏の「龍」が書かれた大きな旗があります。

 

ウサギとカメの石像。可愛い。

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御朱印をいただいた際、住職さんに「ぜひ春にもおいでください。桜がとっても綺麗ですよ。」と教えていただきました。「枝垂れ桜」という地面まで垂れた桜が有名だそうです。今から春が待ち遠しい!秋には紅葉も綺麗だそうです。 

住職さんのオススメは境内の枝垂れ桜!見頃は4月初旬〜中旬頃

 

ごしゅメモ

典厩寺(てんきゅうじ)

→かつては瑠璃光山 鶴巣寺(るりこうざん かくそうじ)

ご本尊 陣中観世音(薬師如来
山号 松操山
宗派 曹洞宗
所在地 長野市篠ノ井杵淵1000
電話番号 026-292-3335
駐車場 あり
拝観料 200円
公式ページ

なし

 

ご由緒

典厩寺はもとは鶴巣寺(かくそうじ)と号し、合戦から60年後の承応3年(1654)に松代(まつしろ)藩主(海津城主)の真田信之(さなだ・のぶゆき)が武田典厩の名をとって寺号を典厩寺と改め、信繁の菩提と武田・上杉両軍の戦死者を弔った。

境内には、信繁の首を洗ったという「首清め井戸」や、甲越弔魂碑(こうえつちょうこんひ)、武田・上杉両雄の一騎討ちの碑などがたたずむ。また、合戦の両軍戦死者を供養する閻魔(えんま)堂と、信玄・信繁・山本勘助の画像ほか武具、仏画など貴重な史料60点余りを収蔵展示する川中島合戦記念館が建てられ、川中島合戦の歴史を今に伝えている。なお、閻魔堂の閻魔大王像は日本一大きいことで有名。

典厩寺 /【川中島の戦い】史跡ガイドより引用)

 

御朱印

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受付に人がいることは少ないので、御朱印は右手にあるお宅に声をかけていただきました。日付以外すべて朱印のように見えます。真ん中には「陣中観世音」、左右には「信玄の弟、武田典厩信繁公の菩提寺」「川中島古戦場」。

 

マップ

 

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