「ごしゅメモ」

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ごしゅメモ

思わず訪れたくなる長野・全国の御朱印メモ

刈萱堂 往生寺の御朱印/長野県長野市

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善光寺を北西の方に進んで急な坂道を上っていくと見えてくる往生寺。「刈萱道心と石道丸」で有名な刈萱上人が開いたお寺です。お寺のすぐ下に駐車スペースがありますが、大きな車では切り返しに困るような急斜面&狭道なので気を付けましょう。観光バス用の駐車場は急斜面の手前にあるので、不安な方はそちらに停めさせてもらうのもアリかもしれません。(了承はとりましょう)

 

刈萱上人最後の修行地 往生寺

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ご縁起によると、往生寺は刈萱上人が比叡山高野山善光寺などを経てここを最後の地として選び、開いたお寺だそうです。元は九州博多の大名であった加藤左衛門尉重氏ですが、ひとりになれる場所を探してここ信州までやってきたのですね。「往生」とは仏教の言葉で「死んで、仏の浄土に生まれ変わること」を意味します。この往生寺は、83歳で亡くなった刈萱上人の「遺跡」なのです。

 

「夕焼け小焼け」ゆかりの鐘

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動揺「夕焼け小焼け」には「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘がなる」という歌詞があります。その「山のお寺の鐘」というのがこの往生寺の鐘だというのです。「何を根拠に?」と思ったので、少し調べてみました。

「夕焼け小焼け」の舞台は東京・八王子?

1919年に「夕焼け小焼け」の歌詞を発表した中村雨紅は 八王子の出身で、この歌も故郷の姿を歌ったものだということです。八王子には「我こそはやまのお寺の鐘である」と名乗りを挙げるお寺や学校がいくつもあるのだとか。

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ではなぜここ長野で名乗りを挙げる所以があったのか。実はこの詩に歌をつけた作曲家の草川信が、長野市松代の出身だったのです。他にも長野市安茂里の善光寺阿弥陀堂や、別所温泉北向観音にも歌碑があります。

心になる「夕焼の鐘」

「夕焼け小焼け」の本家争いは全国に広がり、歌碑の数も他に類を見ない多さだと言います。それに対し当の作詞者・中村雨紅は「どこの鐘の音が聞こえていたのか忘れてしまった。みんなが自分の故郷にある夕焼けの鐘を思い出してくれれば良い」と言っていたそうです。「故郷にある夕焼けの鐘」とくれば、往生寺の鐘はまさにそんな雰囲気にぴったりですね。

 

往生寺の案内板

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本堂や夕焼の鐘以外にも、階段の上には不動堂や稲荷社もありました。

 

稲荷社

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正一位豊國稲荷。

 

不動堂

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波切不動尊が安置されています。

 

不動堂あたりから見た景色

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本堂についている寺紋は「五七の桐の紋」。

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これは曹洞宗大本山總持寺と同じです。これよく見かける気がするな〜。

 

往生寺から見た景色

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往生寺を少し上がった場所から見た景色。刈萱上人は世の無常を感じてこの地に篭ったという話ですが、それにしてはどうにも美しい世間がよく見渡せる場所に建てたものだと感じてしまいます。

 

ごしゅメモ

刈萱堂 往生寺(かるかやどう おうじょうじ)

ご本尊 阿弥陀如来
山号 安楽山
宗派 浄土宗
所在地 長野市西長野往生地1334
電話番号 026-232-4349
駐車場 あり
拝観料 300円(説明なしなら無料)
公式ページ なし

  

御朱印

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「刈萱  親子地蔵尊

 

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